「不登校」に思うこと。

はたくみです

朝からうっかりNHKの「あさイチ」を見てしまい、なんだかんだしてたらもう11時だぜー。
山盛りのTO DOがさらに時間圧縮で山盛りだぜー。

なぜうっかり見てしまったかというと、お題が「不登校」ネタだったから。

私は高1で不登校になり1年留年チーム。
今は私も親になってるので、この手のネタに触れると「不登校の当事者」の位置と「親」の位置の両方でうーんうーんとうなっています。

他者との比較とか、常識とか、多数の圧力とか、人の冷たい視線とか、正しさや善悪論の刃とか。
そこから生まれる辛さ、不安、孤独、恐怖…。
自動で湧いてきてしまう。

私は今もその頃を思い出すとやはり不安になるし、今も子どものほんの些細なトラブルにすらバクバクなる時もありますもん。

なかよし
↑昨日はあられがちょびっと降ったよ。

正解は人の数だけあるし、人の数x正解1個ではなくて、人の数x正解未知数なんですよね。

やっぱり今も「私はこうするのが正解だと思います!」なんて明言することはできないなぁ。

あえて言えることは、親も子どもも、体と心のエネルギーを充電することが最優先。

親からみて当たり前にできそうなことすら、できないのが子どもの状態。
もう崖っぷち。
でも、勢いで崖から落ちてしまわないよう自分でブレーキかけたんだからエライよ。
だから、エネルギー充電が最優先。

とは言え、親は子どもの充電を優先することになるから、しんどい。
親の役割とか責任とか言われても、しんどいもんはしんどい。
ほんの少しでも、子ども主役ではなく、自分(親)主役の場所と時間を持つことが、エネルギー充電の素になるんだろうなぁ、って思う。
親の場合、その場所は誰かが与えてくれることは少ないから、自分から取りに行く必要があると思うけど…それもしんどい時があるから…うーん。

ちょっと充電してすぐ浪費して力尽きるというより、ある程度まとまって充電してから、充電しながら動いたり休んだりして満充電に向かっていけるといいなぁ、と理想論を並べてみる。
現実は、そんな上手くいかないんだけどね。

このお題は、私の中でも大きなお題のひとつです。

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あしたてんきになあれ☆
人と仕事と生き方につながる力を育てよう!

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