「愛されたい」と「愛する」と「愛したい」

はたくみです

建国記念の日に、愛する心を養うって??と問うていたのですが。
以前からネット徘徊していると、「愛されたい」関連女子のネタを見かけることが多いなぁ、と思っています。

先日もここにはちょっと貼れない動画(Vice japanさんの「女の子のためのポルノ」過激な描写あり)を見ていたら、ある社会学者さんが話してました。

「愛されたいんじゃないんですか。女の子にとって『愛される』って一番の価値じゃないんですかね」

その他にもいろいろ話してはるんですが、付け加えて「若い女の子にとってはね、おばさんになるとまた変わるんですけどね」とも話してて。

えぇ、私はおばさんですけど(笑)

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↑これは頂いたクリスマスケーキですが、バレンタインのケーキを作るかどうかで今迷ってる最中。

愛されたい
愛する
愛したい

なんだろ?
これらの組み合わせやバランスが、日々の充実度に影響してると思うわけで。

愛されたから愛するとか
愛したいけど愛されたいとか
愛してるのに愛されてないとか
愛したいのに愛せないとか

多様な組み合わせと、その要因があるんですが、「今自分がどんな状態なのか?」を気づいて感じているのと、気づかずに感じているのとで、メンタルの安定にえらく差が生じてくるんじゃないかな。

あと、愛されたいばっかじゃ「ダメ」とか、愛してるから「いい」とか、そこに正しさのものさしをくっつけてしまうと、余計ややこしくてやっかいな話になる。

「あ、今私って愛されたいんだなー」
「今愛することができてるなー」
「あ、愛したいけど愛せてないなー」
って、ただシンプルに自覚できることも、自己肯定感のひとつだと思うのです。

そして、『愛することができる人は、人から愛される』というのは確実だとも思うのです。

今日は何が言いたいのか、よくまとまってないブログ記事ですまぬ。

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あしたてんきになあれ☆
人と仕事と生き方につながる力を育てよう!

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