「肯定する」と「正しさ」は別物

はたくみです

|凹自体は、自分の特徴として持っていて大丈夫なのよねん。
|ジャッジするから、しんどいんだろうな。
|だって、凹は埋まらないんだから。

そんなことを書いた昨日の記事。

自己啓発本なんかで
アホほど書かれていることのひとつに
自分にOKを出すとか
自己肯定しようとか
ありのままの君でいいとか
あると思うんですが
わかっちゃいるけどやめられない
かっぱえびせん状態のように
OK出せてないことって本当に多いと思う。
わかってるけどできない…。

↑これ歌った(アニソンかっww)

私も散々わかった『つもり』でいたけど
まだまだ修行が足りてない。

そんな中で感じているのは
「肯定する」と「正しさ」は別物なんだということ。

持っていて大丈夫なのよねん(肯定する)
自己肯定できてるのよねん(できてたらOK=条件付きの正しさ)

いかに日頃から無意識に
いいとか悪いとかで
あらゆることを眺めていることか…。

そのいいとか悪いとかも
全部自分で決めたことで
その決め事で自分を評価していることの多いこと…。

しんどかったら、評価しなくていいっす。
凹は埋まらないとあきらめたら(諦める→ 明らめる)いいよ。
それが自己肯定の一歩。

今日も充実した1日を☆

=====
あしたてんきになあれ☆
人と仕事と生き方につながる力を育てよう!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ページトップへ