断捨離しながら捨てる快楽と落差について考える

はたくみです。

大規模断捨離を決行しています。
昨日は体張りました。

処分しているものは主に
・子どもの成長に伴う不要品
・使えなくなった家電製品

そう。使えない家電製品。

炊飯器(半炊きでできあがり)
DVDレコーダー(地デジ化で録れなくなった)
CDプレイヤー(動かん)
楽器(鍵盤折れてる)
プリンター(変な色でカラー印刷)
スキャナ(OS更新でドライバ使えず)
などなど。

買い替えたのは複合プリンターだけ。
他のものは代用できるので大丈夫だった。

おいち
↑夜のスキマひとり時間に今日のご褒美

片付けながら気づいたことは、捨てる快楽について。

大型モノをどんどん片付けていると
目についた他の部分も、より使いやすいように整理したくなって
妙に勢いづいて同時に疲れも出始めた頃…

『ついでに』これも捨てちゃえ。
『どうせ』これも使わないし。
これも『もういいっか』

とか思いながら片付けて…ハッと気づいた。

この判断って、勢いとか疲れとか面倒くささから来たものだなぁ、と。
そうやって捨てたものって
片付いた時は一時的に気持ち良くなってるけど
また安易にモノが増えていく素になるんじゃないかな?

後から落差が生まれる、妙な快楽。

不要品は役目が終わったから不要品なのだ。
勢いじゃない。

散らかった部屋を眺めながら
そんなことを感じたのです。

今日は疲れてやる気なし。
お顔が濡れて、力が出ない…(アンパンマンで!)

でも片付けは続くのです。

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あしたてんきになあれ☆
人と仕事と生き方につながる力を育てよう!

セッション、やってます
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